過去の研究会
第1回研究会(軍縮班)(2021年5月16日)
浅田正彦(同志社大学法学部教授)「イラン核合意の法的側面」
浅田正彦(同志社大学)が「イラン核合意(JCPOA)とスナップバック」と題した報告を行った。報告では、まず、イラン核合意と通称される「包括的共同作業計画(JCPOA)」の法的性格について、その前文に掲げる「自発的措置」という文言や起草過程におけるアメリカ議会における議論などに照らして、法的拘束力のある文書ではないとし、その点は安保理決議2231においてJCPOAが「承認」されても変わらないことを指摘するとともに、条約の形式をとらなかった背景として、主としてアメリカとイランにおける国内事情の存在を指摘した。次に、JCPOAの内容について、①イランの核開発に関連する種々の制限措置、②アメリカ・EU・国連による対イラン制裁の解除、③紛争解決メカニズム、④国連制裁の復活手続の概要を説明した。最も注目されるのが、④のいわゆるスナップバックの手続であり、JCPOA参加国からJCPOAの「重大な不履行」の通報があった場合には、安保理は制裁の「終了を継続する」旨に決議案を審議し、その決議案が採択されない限り、制裁決議が復活するとするものである。極めて容易に(拒否権を行使すればよい)国連制裁が復活するメカニズムとして注目される。アメリカのトランプ政権はJCPOAから離脱し、その後に同メカニズムを援用したが、制度上正当化できない。スナップバックのメカニズムを援用することなくJCPOAから離脱した同政権は、その点で戦略的な誤りを犯したとの指摘を行った。以上の報告に対して、多くの質問が出されて活発な議論が行われた。
鈴木一人(東京大学公共政策大学院)「イラン問題の政治的側面」
本報告では、まずアメリカとイランの歴史的な確執はイラン核合意をめぐる交渉の背景にあることを踏まえ、なぜアメリカとイランが互いに敵視するのかという歴史的な背景から説明した。1953年のモサデク政権転覆クーデターを機にイランでは西側の帝国主義的支配に抵抗する運動が生まれ、それが1979年イランイスラム革命につながる。そこではアメリカの支配からの脱却を目指していたが、一部の学生たちが1980年にアメリカ大使館占拠事件を起こすことで米国がイランと断交した。さらに1983年にベイルート海兵隊宿舎爆破事件が起きたことで、イランは中東の各地に代理勢力を作り、中東を支配しようとしているという疑念をアメリはは持つようになった。さらにイスラエルに対する実存的な脅威となったイランを封じ込めることがアメリカにとっては重要な課題となり、イランは核を持つイスラエルに対して核兵器を持つことで抑止をするという願望を、イランの革命防衛隊を中心に一部の保守強硬派が持つようになった。こうした背景を踏まえ、オバマ政権が2013年から核交渉を始めたのは、第一に、2010年から2012年にかけてイランに対する国連、米国、EUの制裁が強化され、経済的困難に直面したアフマディネジャド政権が倒れ、制裁解除を求めるロウハニ政権が誕生したことが大きい。また、オバマ大統領が提唱した「核なき世界」を実現するための第一歩としてイランが最も都合の良いケースだったことも挙げられる。しかし米国内の反対は根強く、相当な政治的資源を投入して、米国内で核合意を受け入れるよう働きかけたが、結果として反イラン勢力は強く、親イスラエルの立場をとるトランプ政権は核合意から離脱するという結果となった。2021年に発足したバイデン政権はオバマ政権第三期と言われるほど、オバマ政権時代に活躍した外交チームをそのまま引き継ぐ人事を行った。特に核交渉にかかわったマレー・イラン特使(元イラン核交渉主席交渉官)、シャーマン国務副長官(元国務次官でイラン担当)、サリヴァン大統領補佐官(元国務省政策企画室長でイラン核交渉をデザイン)などが外交政策の中枢に座ることで、イランを良く知り、どのように交渉するのが適切なのかを理解している人たちを外交チームに迎え、核合意をめぐる交渉に積極的に対処する姿勢を見せた。彼らはトランプ政権のようにイランを専制主義国家とはみなさず、イランは多元的な社会で、穏健派とは対話が可能という認識を持っている。他方、イランから見ると、アメリカは一方的に核合意を離脱したのであり、イランから行動を起こすことは適切ではないと考えている。しかし、経済制裁による影響は大きく、新型コロナに関連してワクチンや医薬品なども手に入らない状況で国内での不満も高まっている。そんな中で、イラン国会の主流派である保守派は制裁解除促進法という法律を2020年12月に成立させ、ウラン濃縮の20%への引き上げや暫定的に適用している追加議定書の執行を停止し、IAEAの査察を困難にするといったことを求めている。イランが核兵器開発に近づくことで制裁解除を促進できるという発想だが、それは同時に緊張を高める結果ともなっている。こうした中でバイデン政権の動きは当初鈍かったが、2021年6月にイランでの大統領選挙があることが大きなカギとなっている。現状では保守派の候補(ライーシ司法部長官)が有力であり、政権交代が起きれば交渉による問題解決は困難であると考えられている。すでに4月初旬から交渉は断続的に続いており、イラン核合意の水準での制裁解除とイランの核開発計画の縮小は合意されているが、トランプ政権自体にテロ制裁指定された個人や団体、とりわけイラン中央銀行(CBI)の扱いをめぐって対立しており、また、イランが2019年以降に設置した新型遠心分離機の撤去は合意されつつも、それをIAEAが保管する形にするのか、それとも核合意違反として破壊するのかという問題をめぐって対立が続いている。イランとIAEAが結んだ、5月21日までの査察継続に関する合意の期限が迫ってきているが、これは数週間は延長される見込みであり、当面、5月中旬に合意ができるとはみられていないが、それでもイランの大統領選挙の選挙期間(5月28日から6月18日)の前には合意を得なければならないというのが現在の相場観である。残された時間は少ない。
第2回研究会(国際経済法班)(2021年10月17日)
谷内一智(外務省国際法局経済紛争処理課長)「最近のWTO紛争処理の状況~安保例外に焦点を当てて」
科研研究会のゲストとして、外務省国際法局経済紛争処理課の谷内一智課長をお招きし、「最近のWTO紛争処理の状況―安保例外に焦点を当てて―」と題する報告を頂いた。その概要は以下の通りである。まず、最近のWTOの紛争処理をめぐる情勢として、経済安全保障、人権、環境などを理由とする政策の遂行と自由貿易の促進を目的とするWTOのルールとの間に緊張関係が増大している中で、上級委員会を中心としたWTOの紛争処理制度の機能不全が問題を悪化させているとして、統計を含めた事実認識が提示された。次に、米中間の紛争、米・EU間の紛争、米・香港間の紛争など、最近の具体的なケースを取り上げて、いずれも政治的な性格の強い紛争であることが指摘された。日本との関連では、外務省内における機構改編と経済紛争処理課の新設について紹介があった。現在進行中の日本に関連する一連の事案について説明がなされた後、日本の韓国向け産品および技術の輸出管理措置にかかるDS590について、その経緯、具体的な事実、最近の動向などについて詳細な説明がなされた。同事案に関連して、安全保障例外に関する学説の議論状況、他の条約等における安全保障例外の扱いなどを含めて多くの法的な論点が提示された。以上の報告を踏まえて、科研メンバーから多数のコメント・質問が出され、活発な議論が展開された。
第3回研究会(国際経済法班)(2022年5月15日)
平覚(大阪市立大学名誉教授)
「WTO安全保障例外条項の現在ー2件のパネル報告書(DS512、DS567)の検討を中心にー」
2019年のロシア通過運送事件(DS512)で、WTOのパネルは旧GATTおよびWTOを通じて初めて安全保障例外条項であるGATT21条(b)(iii)の解釈適用を行なった。翌年には、サウジアラビア知的所有権事件(DS567)で、パネルはTRIPS協定の安全保障例外条項である73条(b)(iii)の解釈適用を行なった。2つの安全保障例外条項は文言上同一であるため、サウジ事件パネルはロシア事件パネルが提示した解釈アプローチを踏襲したが、両者には若干の異同が認められる。本報告では、2つのパネルの解釈適用を以下の5つの論点について比較分析し、W T O安全保障例外条項の現在を考察した。第1に、管轄権と司法審査適合性について、ロシア事件パネルは、安全保障例外条項が全面的な「自己判断」条項ではなく、パネルが管轄権を有し、司法審査適合性も認められることを判示し、サウジ事件パネルもこれに従った。協定上の義務からの一方的逸脱が許容されないことを明らかにした点で画期的な意義を有する。第2に、分析の順序について、ロシア事件パネルは、安全保障例外条項の適用の可否を最初に検討した後に実体的義務違反の有無を検討したが、サウジ事件パネルはこれとは逆の順序で検討した。同パネルは、その順序が「一般的慣行」であるとして、安全保障例外条項がGATT20条の一般的例外と同様に積極的抗弁であることを示唆した。第3に、「国際関係の緊急事態」の概念について、ロシア事件パネルは、(b)項各号の文言を文脈として、武力紛争や高度の緊張状況を指すものと狭く解釈した。さらに、その存在について客観的状況を重要な認定基準としたが、原因となった行為国の国家責任の問題は関係しないと判示した。国際法上の緊急避難原則からすれば疑問が生じるかもしれないが、パネルには、国際法上の国家責任について有権的判断を行う権限がないため、ICJや安保理などによる有権的判断が存在しない状況では妥当な判示と思われる。サウジ事件パネルは、外交関係の断絶それ自体を緊急事態と認定したが、「措置」との区別が曖昧なものとなった。第4に、「安全保障上の重大な利益」の概念について、ロシア事件パネルは、誠実義務の適用により例外援用国が利益の真正性を十分に証明するように明確化することを要求したが、サウジ事件パネルは、問題の措置と利益の間の関連性(その内容は後述の相応性)の評価を可能とするように明確化することを要求した。もっとも、「緊急事態」が典型的な武力紛争であればあるほど例外援用国の明確化の負担は軽減される。第5に、「措置」と利益の関連性について、ロシア事件パネルは、誠実義務が最小限の「相応性(plausibility)」を要求すると判示したが、サウジ事件パネルは、この相応性を例外援用国の「必要性」判断の裁量に対する制約として理解した。相応性の要件は必ずしも明確ではないが、サウジ事件パネルは第三国への影響を認定要素の一つとした。以上の報告に対し、参加者から多くの質問とコメントが行われ、活発な議論が展開された
科研ミニシンポ「ウクライナ問題をめぐる国際法と国際政治経済」(2022年9月25日)
1)浅田正彦「ウクライナ戦争と国際法」
2)阿部達也「ロシアの武力行使」
3)鈴木一人「経済制裁のジレンマ:制裁は武器を使わない戦争なのか」
4)中谷和弘「ロシアに対する金融制裁と国際法」
5)林美香「対ロシア経済制裁(2022.2~現在)の特徴とその法的な評価」
6)川島富士夫「対ロシア制裁のWTO協定適合性:重要事実と解釈上の論点の相互関係」
7)平覚「対ロシア(経済)制裁のWTO協定上の評価」
8)玉田大「ウクライナ戦争と国際投資法上の論点」
第4回研究会(軍縮班)(2023年3月18日)
阿部達也(青山学院大学教授)「シリアの化学兵器廃棄―履行確保に焦点を当てて―」
研究分担者の阿部達也が「シリアの化学兵器廃棄―履行確保に焦点を当てて」と題する報告を行った。軍縮分野における履行確保の特徴を概観し、多様な履行確保過程を分析するための「補助線」として、義務の性質・内容の考慮と履行確保過程の「分割」を挙げた上で、安保理決議2118レジームに基づくシリアの化学兵器廃棄に関して、制度設計を確認した後、履行確保メカニズムとその実施状況を3段階に分けて詳細に議論した。とくに、申告義務と期限の義務では潜在的不遵守への取り組みおよび不遵守への対応が異なることを指摘し、その背景について見解を示した。最後に軍縮その他の分野におけるインプリケーションに言及して報告のまとめとした。参加者からは、国際環境法分野での潜在的不遵守に対する制裁的措置、期限の義務の位置づけ、国外に移送されたシリアの化学兵器の廃棄義務の扱い、化学兵器禁止条約のシリアに対する暫定適用、不完全な申告に対する申立査察または特別な査察、化学兵器禁止条約第7条7項に規定される協力義務、OPCW国連共同調査メカニズムによる違反認定、廃棄対象としての塩素、遵守確保メカニズムの評価、化学兵器使用問題に関する国連安全保障理事会の任務などについて質問が寄せられ、報告者が適宜回答した。
「The Current Crisis in Nuclear Arms Control Law」Daniel Joyner (Professor, University of Alabama)
本科研の海外研究協力者であるアラバマ大学のDaniel Joyner教授が京都大学を訪れ、「The Current Crisis in Nuclear Arms Control Law」と題する報告を行った。報告では、最近、ロシアが行った「戦略攻撃兵器の一層の削減と制限のための措置に関する条約(新START)」の運用停止に関する通告問題を出発点として、軍備管理、不拡散、軍縮という相互に密接に関連する3つの概念について、具体例を挙げつつ、それらの間の区別の必要性を指摘し、その上で、新STARTの終了を回避することの重要性を訴えた。とりわけ、軍備管理措置である新STARTを軍縮措置である核兵器禁止条約(TPNW)によって代替することはできないことを強調した。以上の報告に対して、フロアーから多くの質問が出され、活発な議論が展開された。
第5回研究会(軍縮班)(2023年10月8日)
青木節子(慶應義塾大学)「新たな宇宙活動規律に対する米国経済安全保障法制の影響」
報告では、まず、世界の宇宙開発利用の状況を、衛星運用数、年間ロケット打上げ数、物理的な衛星破壊(ASAT)実験数、燃料補給・修理・デブリ除去等の軌道上の新たな活動、月開発利用枠組の進展等により概観した。次に、1990年代の米中宇宙協力の時期を経て、技術漏洩問題から米国の輸出管理法制全体が厳格化され、オバマ政権時の汎用宇宙機器・技術の輸出管理緩和期においても中国に対する緩和はなかったこと、それに対応するかのように、21世紀以降中国はアジア太平洋宇宙協力機構(APSCO)を基盤に米国とは距離を取るアジア、ラ米、アフリカ諸国との宇宙協力の結びつきを深め、宇宙市場を開拓していった状況を報告した。米国は、2010年代後半以降、中国に対する輸出管理や米国への対内投資規制を強めていたが、2021年春以降は「唯一の競争相手」と定めた中国を標的として更に厳格な法整備を進め、2022年8月に「CHIPSおよび科学法」を制定した。現在は、同法の施行とともに、2023年1月に設置された下院中国特別委員会の活動や上院での「対中法案2.0」の議論、国防権限法に含めた中国への投資規制強化等を通じて、中国の挑戦を斥けようとする。本報告では、この間の状況と「CHIPSおよび科学法」の概要を示しつつ、過去20年間米国の宇宙関連市場から切り離された中国は、それに対応した形での市場開拓を完了しているため、半導体等のサプライチェーンから中国をいっそう排除し、エンドレス・フロンティア法(同法の修正版がCHIPSおよび科学法に収録される)を実施して米国の技術優位を追求しても、それが中国の新たな宇宙活動発展に有意な影響を与えることはないであろうという結論を呈示した。以上の報告に対し、参加者から多くの質問とコメントが行われ、活発な議論が展開された。
Online Symposium: “The War in Ukraine and International Law”, 11 February 2024
Part I Military and criminal aspects
1. The War in Ukraine under International Law: Its Use of Force and Armed Conflict Aspects
Masahiko Asada
2. Use of Force by Russia and jus ad bellum
Tatsuya Abe
3. Russia’s War of Aggression against Ukraine and the Crime of Aggression
Claus Kreß
4. War in Ukraine and the International Court of Justice: Provisional Measures and the Third-Party Right to Intervene in Proceedings
Dai Tamada
Part II Economic aspects
5. Economic Sanctions against Russia: Questions of Legality and Legitimacy
Mika Hayashi and Akihiro Yamaguchi
6. Freezing, Confiscation and Management of the Assets of the Russian Central Bank and the Oligarchs: Legality and Possibility under International Law
Kazuhiro Nakatani
7. Trade Sanctions against Russia and their WTO Consistency: Focusing on Justification under National Security Exceptions
Fujio Kawashima
8. WTO Dispute Settlement and Trade Sanctions as Permissible Third-Party Countermeasures under Customary International Law
Satoru Taira
9. War in Ukraine and Implications for International Investment Law
Dai Tamada
Conclusions: Comments on the War in Ukraine and International Law
Martins Paparinskis